深刻化する気候変動の影響を背景に,カーボンニュートラル・脱炭素社会を実現する一方策として,高い生産力を発揮するもののCO2排出が問題視される施設園芸農業に着目した.生産力向上と持続性を両立させるために,最先端のCO2回収(分離),貯留,利用技術群を核とした革新的な「スマートCO2回収・利用システム」の確立に関する以下2つの開発目標に取り組む:
目標1:暖房の排気CO2ガスの回収・貯留・利用システムの改善と検証
目標2:CO2施用に伴う漏出CO2ガスの回収・利用システムの開発
これらの目標1・2を,農学院-工学院-I2CNERによるスタートアップ共創研究によって達成し,さらに経済性も含めた実用化・普及化に向けた中期的な方針を提示する(目的).本モジュール研究は,気候変動に対する社会的課題(持続性)の達成のみならず,食料生産のイノベーション(スマート農業)にも貢献するものである.
説明図 研究のコンサート
暖房の排気CO2ガスを回収・貯留するシステム(目標1)は,九州大学独自の技術が採用されている.また,CO2施用条件下において漏出するCO2ガスを回収し再利用を目指すシステム(目標2)は,換気とCO2施用の両立を実現する世界で初めての技術になることが期待される.
本モジュール研究では,最先端のCO2回収・利用技術を応用することで,施設園芸農業における生産力向上と持続性の両立という困難な課題を解決し得る新たな革新的技術の確立が期待される.とくに,基礎データの取得と共創的連携の強化を通してシステムのプロトタイプ作製を達成し,またその効果と改善案も明らかにしたい.さらに,得られる成果を基に,施設園芸農業の状況に応じて最適制御できる実用的なスマートシステムの確立を目指したプロジェクトにつなげたい.その先のフェーズで,施設園芸農業の現場での実証試験や社会実装に発展すると考える.
目標1において,本年度(1年目)は複数温室の暖房稼働とそれに伴うCO2排出量の計測を開始するとともに,
暖房の排気CO2ガスの回収・貯留・利用システムの稼働・パフォーマンスの長期的な時系列データの収集体制を整えることを計画として掲げていた.前者の計画では,トマト・キュウリ温室およびイチゴ温室の暖房機に灯油消費量をモニタリングするためのオイルメータ(RE10LF, 日東精工)とデータロガー(TR-5i, ティアンドディ)をそれぞれに設置することで,暖房稼働とそのCO2排出量の時系列データの収集を開始した(図1).後者の計画では,システムの構造・特性に基づいて計測レンジの異なるCO2センサ5本および流量センサを選定し,当該システムに導入する計画(モニタリング体制)を立案した(図2).しかしながら,CO2センサは年度内(令和4年度)に納品されたものの,流量センサはメーカーが在庫不足とのことで納期に4~6ヶ月要するとの回答であった.そのため,センサ一式の導入は流量センサの納品後(遅くとも2023年夏季までに予定)に行うこととし,これは当初計画(年度内にセンサ一式を導入してモニタリング体制構築)からの遅れであるが,夏までに計画は完了できる見込みである.
図1 イチゴ温室における暖房稼働に伴う灯油消費量の経時変化.
図2 暖房排気CO2ガスの回収・貯留・利用システムにおけるCO2センサ・流量センサ導入の模式図.
目標2において,本年度(1年目)は分離膜と循環線を組み合わせたCO2回収システムを考案(具体化)するとともに,そのシステムのパフォーマンスを調べるシミュレーション評価モデルを作成することを計画として掲げていた.前者の計画では,各種条件(循環扇風量,CO2濃度,分離膜の透過性など)を用いたChemCad 8.0によるシミュレーションに基づいて,分離膜の構造の必要条件(面積など)を同定し,さらに循環線と組み合わせたCO2回収システム案を作成した.後者の計画では,CO2回収システムの導入時の効果(温室におけるCO2濃度分布)を推定するCFDシミュレーションを作成した(図3).これによって,温室で効果を発揮すべきCO2回収システムの性能を見積もり,システムの設計にフィードバックできる体制を整えることができた【当初計画達成】.
図3 CO2回収システムを導入した温室におけるCO2濃度分布のシミュレーション結果の一例.
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