本研究は3つの研究課題を持ち、第一の課題では、耐久財(本研究では自動車と住宅)の寿命関数モデル・離散選択モデルの推定を行い、環境補助金制度(例えば、エコカー補助金制度)や関連制度(例えば、車検制度)が耐久財の最終需要に付随するライフサイクルCO2排出量に与える影響を推計し、需要政策が温暖化緩和に果たす役割を明らかにする。第二の研究課題では、耐久財生産に必要な原材料・部品(すなわち、中間財)に着目したサプライチェーンデータ包絡分析を行い、中間財の生産技術の技術効率性ならびにサプライチェーンの再構築が耐久財のライフサイクルCO2排出量に与える影響を分析する。第三の研究課題では、第一と第二の課題で明らかになる最終需要変化、生産効率性向上、サプライチェーンネットワーク改善に伴う中間投入変化を組み込んだ新しい世界多地域産業連関分析を確立し、需要・技術・ネットワーク政策がCO2排出量に与える影響を分析する。
本研究では、産業連関分析、ネットワーク分析、効率性分析のそれぞれの強みを生かした環境負荷低減策立案のための斬新なネットワーク経済分析法の構築を行い、CO2だけでなく、PM2.5、化学毒性などの環境負荷項目に関してもケーススタディを実施する。その新たな手法を用いて、エビデンスベースの個別の環境負荷削減策のための需要サイドと供給サイドの政策提案を行う。
個別製品のライフサイクルに着目して消費者基準そして生産者基準の排出責任の大きさ科学的に検証し、当該の製品ライフサイクルのどこに有効な排出削減ポテンシャル(技術改善やサプライチェーン改善)があるのかを分析することが社会的に急務である。地球温暖化問題を解決するためには、温室効果ガスの削減が急務であるが、既に限界削減費用が高い日本においては、何ら政策支援もない状況で個別企業自らによる削減努力に期待することは難しい。温室効果ガスの削減策に必要な財源をどのように確保するのか、そしてその限られた財源を関係部門にどのように配分していくのか未だに具体的なフレームワークがない。本研究では消費者基準排出量のより高い部門からより多くの財源を確保し、生産者基準排出削減ポテンシャルのより高い部門により多くの財源を割り当てるというアイデアのもと、ライフサイクルアセスメントに基づく具体的な環境財源配分フレームワークを社会に提案する。
本プロジェクトによる主な研究成果は以下の通りである。
成果①:Nakamoto, Y. and Kagawa, S., A Generalized Framework for Analyzing Car Lifetime Effects on Stock, Flow, and Carbon Footprint, Journal of Industrial Ecology, 26, 433-447, 2022 (IF=7.202)
自動車の寿命は、製造から廃棄までの生存期間に関する物理的寿命と、購入から買い替えまでの保有期間に関する経済的寿命がある。本研究ではこの2つの寿命分布を組み合わせることで、自動車の耐久性と新車・中古車の買い替え行動を組み込んだ包括的なカーボンフットプリントの分析のモデルを開発した。さらに、日本の乗用車をケーススタディとした分析から物理的寿命、新車の経済的寿命、中古車の経済的寿命の10%の延長はそれぞれ自動車のカーボンフットプリントを30.7 Mt、26.4 Mt、5.2 Mt削減することを明らかにした(図1)。本研究では自動車の寿命延長がカーボンフットプリントの削減に寄与することを示している。自動車の寿命延長に向けた具体的な方策として供給側には、修理が容易でより長く使用できる自動車の設計や部品、メンテナンス市場の活性化を通したアフターサービスの充実が重要です。需要側には燃費の優れた自動車の長期利用が求められる。本論文は九州大学でプレスリリースされただけでなくJournal of Industrial Ecology誌で2022年度1年間に最もダウンロードされた掲載論文であった。
図1. 自動車寿命延長によるCO2削減
成果②:Maeno, K., Tokito, S. and Kagawa, S., CO2 Mitigation Through Global Supply Chain Restructuring, Energy Economics, 105, 105768, 2022 (IF=9.252).
COVID-19パンデミックの影響を受け、グローバルサプライチェーンの再構築が進む中、各国各産業は低炭素型のグリーンサプライチェーンを再構築していく必要がある。本研究は、4つの産業連関分析手法を統合することで、「脱CO2排出ホットスポットシナリオ」に基づくサプライチェーンの再構築が、カーボンフットプリントに与える影響を分析する新しい研究フレームワークを開発した。さらに、日本の自動車部門を対象としたケーススタディの結果から、当該サプライチェーンの再構築には、自動車のカーボンフットプリントを約6.5%削減するポテンシャルがあることを明らかにした(表1)。また本研究は、再構築によるCO2排出変化について構造分解分析を行い、純CO2排出削減に最も貢献する部門(つまり、日本の自動車部門が優先的に再構築を進めるべき部門)を特定した(図1)。本研究の結果は、サプライチェーンの上流部分、つまり「サプライヤーのサプライヤー」に至るまでの詳細なCO2排出管理の重要性を示すと同時に、より低炭素型の構造を持つサプライチェーンの再構築に向けた当該産業のCO2排出削減策・貿易政策を示唆している。本論文は九州大学でプレスリリースされた (LINK)。
成果③:Ogata, M., Nakaishi, T., Takayabu, H., Eguchi, S. and Kagawa, S., Production Efficiency and Cost Reduction Potential of Biodiesel Fuel Plants Using Waste Cooking Oil in Japan, Journal of Environmental Management, 331, 117284, 2023 (2021 IF=8.91).
使用済みの天ぷら油とメタノールを化学反応させて製造される「バイオディーゼル燃料」は、トラックや重機などで軽油の代わりに利用できる貴重な「カーボンニュートラル燃料」の一つである。物流の持続可能性を追求する上で重要な役割が期待されるバイオディーゼル燃料であるが、現在その製造事業者の多くが、競合する化石燃料(軽油)との価格競争に敗れ、事業継続困難の窮地に立たされている。この点を踏まえ、本研究では、バイオディーゼル燃料の国内製造事業者(35社)の生産パフォーマンスを調査分析し、各事業者が個別の企業努力(生産規模拡大や生産技術向上)によって削減可能なバイオディーゼル燃料の生産コストを、経済・経営学的な評価手法を基に独自に推計しました。推計結果によると、今後国内事業者が可能な限りの企業努力を重ねたとしても、バイオディーゼル燃料の生産コストは、現状の107円/ℓ 程度から平均で3.5円/ℓ 程度しか下がらないことが分かった。競合の軽油燃料の平均価格が81円/ℓ(税抜き、調査時点)であることを踏まえると、両者の価格差は一目瞭然である。このように、 本研究では、「バイオディーゼル燃料の生産コストは通常の軽油に比べて高く、価格競争では太刀打ちできない。競争燃料に対する炭素税の導入やバイオディーゼル燃料への税金の引き下げ、優秀な製造事業者を対象としたドラスティックな生産(技術開発)支援等が現状打開への糸口となる。本論文は九州大学でプレスリリースされた (LINK)。
Nakaishi T., Chapman A., Kagawa S.
Socio-Economic Planning Sciences
, Vol.83, 2022, 101350
DOI: 10.1016/j.seps.2022.101350
Maeno K., Tokito S., Kagawa S.
Energy Economics
, Vol.105, 2022, 105768
DOI: 10.1016/j.eneco.2021.105768