脱炭素社会に資する途上国のAffordable housing

研究概要

本モジュールは、開発途上国の低所得層を対象とする住宅改善事業(都市スラム改良事業など)において、厳しいコスト制約下での脱炭素かつ安全・快適で住民の満足度が高い住環境を実現するための総合的な設計・施工・マネジメント手法を開発するものである。既存の途上国の低品質な住宅にみられる構造的脆弱性や室内熱環境の劣悪化、通風・採光不足、衛生面の問題に加え、居住者(特に子供)のwell-beingやコミュニティ形成の課題に対して、建築構造学、環境工学、風工学、教育学の専門家が連携して解決策を究明し、持続的な実装モデルを示す。これにより、脱炭素社会実現を目指した研究において先進国を開発対象とした事例が大半となっている現状に対して、低所得者層の多い途上国における都市の脱炭素化施策の在り方に一石を投じ、これらの地域の都市のサステナビリティ及び生活環境向上に貢献することを目指す。

研究の背景

途上国は世界の温室効果ガス排出の約7割を占め、特にインドネシアなどの新興国では排出量が急速に増加している。一方で、これらの地域では急速な都市化によるインフォーマルな居住地の拡大が深刻な社会問題となっている。開発途上地域における低所得者層向けの安価な住宅(affordable housing)においては、人々の生活の質向上と健康安全の確保、そして低炭素・脱炭素化を両立する方策の構築が求められている。

研究のオリジナリティー

本モジュールでは、建築構造学・環境工学・風工学の知見を統合してaffordable housingの耐震性・通風換気・熱性能の改善を目指すとともに、教育学の知見を活用して多様な人々の包摂的で持続可能な暮らしのモデルを提示する事を目指す。こうした異分野協働による取り組みは他に例がなく、SDGsを目指すグローバルな潮流に合致した、学術的・社会的に高い波及効果が期待できるテーマである。

モジュールのメンバー

山口 謙太郎

人間環境学研究院

教授

役割:建築構造・施工分野の総括、構造安全性評価、施工管理の技術指針化

木下 寛子

人間環境学研究院

准教授

役割:子供を中心とした住民の暮らし方調査、住環境への満足度の影響因子の特定

萩島 理

総合理工学研究院

教授

役割:環境工学の専門家として室内熱・空気環境評価や省エネ技術検討、現地調査

池谷 直樹

総合理工学研究院

教授

役割:風工学分野の専門家として風洞実験・CFD解析データを踏まえた住宅の通風性能評価

期待される成果・アウトカム

インドネシアのスラカルタ市を主たるフィールドとし、低所得層向け低層集合住宅において構造安全性の確保、エネルギー消費の削減、住民の高温リスク低減と居住満足度向上を同時に達成する設計・施工手法を指針としてまとめる。さらに、ステークホルダーとの意見交換を通じて、指針の実装プロセスを提案する。加えて、得られた知見を実証プロジェクトや他都市、他国へと横展開につなげることを目指す。

研究の成果(令和7年度)

本モジュールでは、開発途上国の低所得層向け住宅(Affordable Housing)において、脱炭素化、構造的安全性、および居住者のウェルビーイング(Decent Living Standard)を統合的に実現するための学際的研究を推進した。本年度は、インドネシアのスラカルタ市、スマラン市、およびバンジャルヌガラ県アリバヤ村を主要なフィールドとし、実測調査、数値シミュレーション、ステークホルダーへのヒアリング、および社会実装に向けた課題抽出を実施した。

機械学習(サロゲートモデル)を用いた熱環境改善策の系統的整理

ベイズニューラルネットワーク(BNN)を用いたサロゲートモデル(予測代行モデル)を構築し、将来気候下における温熱レジリエンスの最適化手法を確立した。途上国の不良住宅ストックは方位や開口配置が極めて多様であり、個別の詳細シミュレーションは計算負荷が高く現実的ではない。これに対し、本アプローチは膨大な計算結果を学習することで、多様な建物条件に対して最適なパッシブデザイン戦略を高速に探索するツールとして機能する。 特に本モデルの特筆すべき点は、推定値の分布を算出することで予測の不確実性(推定誤差)を確率的に把握できる点にある。解析の結果、決定係数は0.92以上、残差は9%以下という高い推定精度を達成した。これにより、誤差やリスクを定量的に織り込んだ上での政策提言が可能となり、現地政府が大規模な住宅改善指針を策定する際の強力な意思決定支援ツールとなる。

プレキャスト・モジュール構造(RUSPIN)の性能評価

インドネシア政府が推進する簡易プレキャスト工法RUSPINについて構造特性と社会的な受容性、関連研究の国際的動向を調査した。

  • 構造的剛性の解明: スラカルタ市の現存住宅を対象とした常時微動計測の結果、建物の1次固有振動数は96~16.16Hzの範囲にあり、壁面の左官仕上げの有無が建物の剛性に大きく寄与していることを特定した。これは、低コスト住宅においても適切な施工管理が耐震性能の確保に不可欠であることを技術的に裏付けるものである。
  • 過去10年間の途上国におけるaffordable housingの建設工法・材料に関する91の研究を統合・分析したシステマティック・レビュー論文を国際学術誌『Buildings』に発表し、RUSPINのaffordableな構法としての優位性・独自性が材料革新と人材育成を統合した包括的アプローチにある点を明らかにした。

Copyright © 2025 九州大学 エネルギー研究教育機構 All Rights Reserved.